簡潔の美 私が能楽を好きな理由


子供の頃から能楽に惹かれていたのですが、お能のどこが好きなの?と問われると、ずっと明確に答えらませんでした。

美人画で名高い日本画家・上村松園のエッセイを読み返していたら自分の気持ちにしっくりくる文章がありました。

上村松園

上村松園は1875(明治8)年、京都に生まれた日本画家で、本名は津禰(つね)と言います。格調高い美人画で有名な方で、1948(昭和23)年、女性として初の文化勲章を受章しました。

六条御息所の嫉妬する姿を描いた『焔』や明治期京都の町家の母子を描いた『母子』が代表作として知られます。

簡潔の美

エッセイ「青眉抄」の中で松園は能楽の美しさについて「簡潔の美」という言葉を使って表現しています。

「舞台に用いられる道具、それが船であろうが、輿、車であろうが、如何に小さなものでも、至極簡単であって要領を得ています。
これは物の簡単さを押詰めて押詰めて行ける所まで押詰めて簡単にしたものですが、それでいて立派に物そのものを活かして、ちゃんと要領を得させています。
ここにも至れり尽くされた馴致と洗練とがあらわれていると思います。」

「能楽における、この簡潔化された美こそ、画における押詰めた簡潔美の線と合致するものであると思います。

簡潔の美は、能楽、絵画の世界だけでなく、あらゆる芸術の世界――否、わたくしたちの日常生活の上にも、実に尊い美の姿ではなかろうかと思います。」

能楽の舞台にあるものは、何もかも簡潔です。役者の動きも道具も。極限まで簡潔化されています。

そしてその簡潔化された要素で美しい空間を創り、観客を別世界に連れていきます。私はこのような芸術はあまり多くないと思います。

また、いけばなの稽古をしていると限られた要素で作品を作るのはとても難しいということをひしひしと感じます。

「簡潔の美」が私が能楽に惹かれてやまない理由なのです。

【編集後記】

近年、漫画原作の映画やドラマが多いですね。私が一番好きな漫画家は山岸凉子先生なのですが、先生の作品が人気若手俳優で映画化などされたら、よっぽどの事がない限りキャスティングに文句を言うと思います。

山岸先生の漫画をメディア展開するのなら能楽が向いているんじゃないかと思っています。一つのストーリーの中で、この世とあの世を行き来するところが似ている気がするんです。

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